日本で一番使われている漢方薬は大建中湯だと書きました。二番目は芍薬甘草湯です。そして三番目にくるのが抑肝散です。
抑肝散はもともと「保嬰撮要」(1556年(明の時代)全20巻からなる小児科専門書)という古医書を起源とする漢方薬です。
こどもの夜泣き、疳の虫に対して使われていた薬です。
それが今では、認知症の薬として頻用されているのです。きっかけは2005年に東北大学から認知症の周辺症状(認知機能以外の症状で、不安、不眠、抑うつ、興奮、徘徊、妄想など)に対して有効だとする論文が報告されてからです。
その後、多くの追随する臨床研究が行われ、周辺症状の特に、妄想、幻覚、興奮、攻撃性に対しては明らかに有用な薬剤だと認められてきました。介護の側からすれば周辺症状が強いほど負担は増大するわけですから使われるのも当然かもしれません。
江戸時代、目黒道琢(1739~1798)は『餐英館療治雑話』にて、抑肝散は~「怒つよく、性急なる等の児、皆肝血不足の証なり。この方久しく服すべし。」と書いています。
また和田東郭(1744~1803)は『蕉窓方意解』で、抑肝散は~「多怒、不眠、性急の症などはなはだしきを主症とするなり。」と書いています。
さらに江戸時代から明治にかけて活躍した浅田宗伯(1815~1894)は『勿誤薬室方函口訣』では、「半身不遂并びに不寐の証に此の方を用ゆるは・・・・怒気はなしやと問うべし」と記載しています。
ここで共通して認められることは、「怒」という言葉です。つまり、抑肝散は、イライラ、カリカリ感が背景にある方に使うとよいということです。
ちなみに浅田宗伯とはあの「浅田飴」を作った人物です。
抑肝散に似た処方で抑肝散加陳皮半夏というものがあります。この出典は「本朝経験方」となっています。これは創始者がはっきりしないのですが、日本で創られた漢方薬ということです。五臓でいう肝は怒りを支配すると考えられています。ちょっと難しいのですが、五臓論では、相克の関係として、肝が傷めば、脾が傷むとされています。つまり肝が傷む(疳の高ぶる)結果、脾が傷む(消化器症状が出てくる)と考えられて創られた処方が抑肝散加陳皮半夏ということです。認知症が進んで食欲がなくなってきたり、消化器症状を伴うような方に適した処方です。保険適応薬にあるのですから、こうした方もそれなりに多いのかもしれません。