R6.6.17ブログ

今年に入って「争い」をテーマにブログを更新させてもらっています。

半年になりますので、今回で最後にしたいと思います。

最後だけに少しきわどい話をしてみたいと思います。(もちろん私見・私感です)

呉で病院と言えば皆さんどこを思い浮かべますか?

川尻・安浦の患者さん目線で言えば労災・国立・共済でしょうか…さらに言えば医師会や済生会ですかね!?(私立は除きます)

合併後の26万人だった呉市の人口も現在では22万人。川尻も1万人いましたが7000人あまり、安浦も1.4万人も1万あまりになっています。人口が減るのですからそれぞれの医療機関に掛かる患者さんは減少します。

そうなるとそれぞれの病院には「争い」が起こります。自分のところに出来るだけ来てもらおうと様々な取り組みを行いますし、独自の取り組みを開業医に押し付けてくる状況もありました。

しかしながらそうしたことは長く続きません。なぜか!?

理由は病院長にあると思っています。最近ではその病院内から院長になられるケースが増えてきましたが、少し前までは大学の人事異動で院長が外部から選ばれてくることが当たり前でした。院長は自分の病院が繁栄するように取り組まれます。

決して悪いことではなく、当然のことだと思いますがこれでは呉地域は良くならないという思想が少々なかったのかなと思います。

これまでも「争い」には良いものと悪いものがあることをお伝えしていますが、微妙なところです。しかしあえて悪く言わせてもらえれば地元出身でない者が地域のことを考えて取り組むことは難しいと思います。ここで生じるのは悪い「争い」だと感じてきました。

災害の時には「よそ者」「ばか者」「若者」が必要と言われてますが、災害復興地域でない病院運営には「よそ者」はなかなか難しいだろうと思います。

ここで少し脱線しますが、私の恩師でもある先生が「よそ者」ではありましたが県立安芸津病院の院長に就任され、地域に住まわれ往診もされ地域のために取り組まれたことは本当にすばらしいと思いました。しかしその院長が退官され地域の取り組みが物足らない感じになってきたとも感じますし、当時の看護部長も変わられ距離を感じる状況になったことは残念でなりません。ただこの間「コロナ」に大きく影響されたことや外部からでは見えない部分もあるのでちゃんと評価できているとも思っていません。

さて話を戻しますが、私は10年以上前から統合・共生がこれからの地域には必要と伝えています。「争い」はゼロとは言いませんが半分以下にしていく必要があると思います。都会はまだそれでも良いかもしれません。しかし基本今後どこも統合・共生です。

医療や介護だけでなく今後人材不足となる業界は間違いなく統合・共生と思います。

病院の話になりますが呉市の公私病院は戦時中の50万人呉市に合わせて整えられた状況があります。逆に言えば人口が半分以下になったのですから半分に統合・共生されなければなりません。さらに人口減少で人手不足になるのですからより統合・共生を進めなければならないのに現実はどうでしょうか!?

繰り返しになりますが、少子高齢化は今始まった話ではありません。目先の票を考え行ってきた悪政が現在の少子高齢化を招いたのだということを伝えたいと思います。ただ正直、少子高齢化の波を遅くできても避けることは出来ないと思っています。ですのでそうなることを踏まえて社会福祉や事業への援助をもっと早く行えたら良かったのではないかと思います。

もう一つ言わせていただくならば、教員不足と言いますが、何に不足しているのか?少子化の現代において教員の人数がそんなに必要なのでしょうか?私は、保護者が自分のためや子供のためだけに言うある意味クレームにノーと言えない教育委員会、校長、先生は必要ないと思います。

勉強を教えるだけなら有名な先生が講義をされている動画を流せば良いだけです。教科書を読むだけで工夫もない眠たくなるよう授業は意味はあまりないと思います。自習でできる話です。では何が必要か、体育と道徳、さらに習字や美術かなと私は思います。

様々な分野で革命を起こしていかなければ、本当に必要な医療や介護、運輸、保育などの仕事に人が増えてこないと思います。

こうしたコーディネイトが本来の政治の役目なのではないでしょうか!?

より良いものを提供するためには「争い」は必要ですが、呉地域の医療を考えれば過剰であることは間違いないと思います。

個々の病院主導ではなく呉地域のことを考えて医療体制を整えていくべきだと思います。その役割は政治にあり、医師会にあるのだと感じます。

こうして私が発してもこのブログを見ている人は少数です。そんなに言うならおまえがしろと言われるかもしれませんが、現在政治や医師会に携わっている者は何をしたいのかと言いたいです。

出来ない言い訳をするのではなく、少数のこのブログを見ている方々が人に押し付けるのではなく、まずは自分でできることを無理なくできることで良いのでしてほしいです。

そしてそれを当法人の職員の多くはしてくれていると感じています。

最後に期待を込めて、このたび国立、医師会、共済病院の院長が変わりました。皆同級生で院内から選ばれた医師です。さらに医師会長もそれらの医師と関りの深い先生がなられました。

地域の将来を考えた医療構想を取り組まれることを願い、少々暴言も敢て発信させていただきます。

R6.5.18ブログ

今回は自分との争いについて述べてみます。

よく自分の中には天使と悪魔がいると言われていますが、皆さんはそんなことを考えることはありますか?

私はあまり二者択一をしていることを意識したことはありませんが、振り返ってみると若いころは悪魔が勝っていたことが多く、社会に出て天使が勝っている印象です。

天使が勝っていると言えば聞こえは良いかもしれませんが、私自身としては周囲を気にして冒険ができない、我慢しているだけで見かけ上良い人を演じている感覚です。悪魔が明らかに勝つときは、健康上節制すべきなのについ食べてしまうことや飲んでしまうことです。なかなか自分との争いに勝つことはできません。足腰が衰えないように運動をすることもついつい夜遅くなると喜んで断念してしまう自分がいます。

そう考えると自分に勝つことは容易ではなく、負けてばかりなのかもしれません。こうしたことに勝てる方々がすばらしいと感心します。

なので診察する際も、自分に負けてしまう方にどうしても甘くなってしまいがちです。それでも私から厳しめのことを言われる方は、悪化している方ですので頑張っていただきたいのですが、なかなか勝つのが難しいようで薬が増えていく現実があります。

こうした方々のために健康教室など実施していたこともありますし、共に改善する方法はいくつかあると感じるのですが、実行できない自分はまた負けています。

いずれにしても健康寿命を延ばすことが大事だと思います。そのためにいくつか提案させいただきます。できそうなものがあれば実行してみてください。実行できた方は勝者です!

・動物を飼って散歩をする。もしくは知人と一緒に散歩をする。

・寝る前に1分でもいいから毎日体操をする。

・町内の体操教室や集いなどに参加する。

・お風呂に入ったときに体操をする。

・トイレで肛門を締める体操をする。

・毎日早口言葉を発声する。

・唾をできるだけ早く8回程度飲み込む。

・毎日脳トレをする。

何もできない私が提案することですが、上記1つでも続けられれば貴方は勝者です!

継続は力なり!

R6.4.18ブログ

新年度も始まり環境が変わった方、何も変わっていない方それぞれに春が過ぎ夏が始まろうとしております。

そんな中で新学年になった子供たちは勉強や部活動などで「争い」が始まっています。

しかしながら我が子を見ていると「争い」は皆無に感じてなりません。

自分のころは試験前になると悲鳴を上げていたように思いますし、受験や部活でも負けないように最大限努力したように思うのですが、近頃はそうした雰囲気をほぼ感じないように思います。楽しんで工夫して勝つという流れでしょうか!?

以前にも書きましたがライバル意識をもって「争う」ことは良い方向に作用することが多いように思います。ただ負けそうになった時に卑怯な手を使ったり、恨んだり、足を引っ張るようなことになると困りものです。そういう意味で言うと昔よりもそうしたことは少なくなったのかなとも思います。

新年度が始まり学校でも社会でも「争い」は様々な形でありますが、プラスに前向きに捉えられる「争い」で育まれていくことを願っております。

これは形を変えると向上心にも変化すると思います。

より良い年度になるようにしっかりと気持ちをブラさず取り組んでいければと願います。

R6.3.17ブログ

天気が悪い日が多いように思います、気分もなかなか晴れやかにならないのは私だけでしょうか?

最近はウクライナやガザ地区などの情報があまり出てこないように思いますが、まもなくプロ野球・メジャーリーグなど熱い戦いが始まります。

そこで今回は「スポーツの世界での争い」について述べてみたいと思います。

カープも熾烈なポジション争いをしていますが、同じチームで仲が良いことも多いと思います。しかし、いざメンバーに選ばれるためには仲の良い相手を蹴落としてでも自分が選ばれるようにと考えるのが普通なのかと思います。

当然に自分が成長することで相手を蹴落とさなくてもよい、自分との闘いであることの方が大事なのだと思いますが、実際に相手が失敗することで自分が選ばれることもあり素直に喜べないとは思いますが、これも運であり流れをつかんでのことかと思います。

しかし大谷翔平選手を見ていると運や流れではなく、妥協無い準備と実行からつかみ取った実力そのものなのかなと感じます。まさしく自分との闘いなのかと思います。しかし、それも彼は楽しんでいるように見て取れます。

戦いは相手がいるから発生するものであり、その原点は比較なのかなと思います。

すべての人が自分としっかり向き合い、準備実行すれば戦いは無くなるだろうという反面、すべての人がそれで結果を出せるわけではないので、思うようにならなかったときに比較が始まり、ライバルの失敗を心で喜んでしまう心が生じるのだろうと思います。

意識があるかはわかりませんが、生き物には欲が備わっており、うまくコントロールできなければ争いに結びついていくのだろうと思います。

自分との闘いはあってしかりですし、良い関係でライバルとしてお互いを高めあえれば良い争うだと思いますが、足を引っ張りしあったり、不仲な関係になるような争いは無くなっていってほしいと願います。

簡単なことではありませんが…

R6.2.15ブログ

今年から「争い」をテーマにブログを書かせていただいております。

今回はまさに「争い」の代表的な「戦争」について述べたいと思います。

多くの方は、日本は平和な国で戦争などしない国と感じているのではないでしょうか!?しかしながら冷静に考えてみましょう!昔から国内でも戦争の繰り返しで、最近で言えば昭和の時代に戦争がありました。経験された方の多くがご存命です。

ウクライナやガザ地区、その他の内戦など世界を見渡せば常にどこかで戦争が行われています。身近な例えで言えば交通事故と同じように戦争をして良いことは当事者にとっては何もありません。(武器などを売る商売の方は儲かるのでしょうが…)

戦争も結局は欲や貧困などにより窮地に立たされたことが原因で始まってしまいます。ウクライナの状況を見てわかると思いますが、始まってしまうとなかなか終わらせることも難しく、戦争中の犠牲の恨みも増幅していき、やられたらやり返す気持ちがさらに終戦を難しくさせます。

「100億円あげるから明日人生が終わる」と言われてもらう人はほとんどいないと思います。それだけ人の命には価値があり、お金では売り買いできないものだと思います。そんな大事なものを沢山失う戦争はしてはいけないことだと思います。

しかし国益などを考えて交渉では解決できないときに力ずくで行われるのが戦争、「・・・ファースト」という言葉がよく使われますが、すべてダメとは言いませんが自分だけ、自分のところだけが良くなれば良いとの意味を強く感じるので私は好きな言葉ではありません。

以前にもお伝えしたことがありますが、忘己利他の利他の精神が育まれれば戦争は無くなると思います。災害の地にボランティアに行かれるのも利他の精神かと思います。

自分を犠牲にするまでもなく他人の幸せを願い、感謝の気持ちを持つことが大切なのではないでしょうか!

私もまだまだ不十分なので得を考えず、徳を積まなければなりません。

1日でも早く、一つでも戦争が無くなることを願います。

R6.1.14ブログ

昨年は地域包括ケアシステムについて述べてきました。 

この意識は地域を守り・創るためにはとても必要なことです。これについてはまたいつか取り上げていきますが、今年は違った視点で「争い」について述べていこうと思います。

「争い」とは「戦争」は勿論ですが、社会や学校でも「争い」は様々にあり、目線を変えれば受験も「争い」です。「争い」にも色々あり、場合によっては必要な「争い」もあるのかなと思います。

さて、その第1弾として一番述べたい「争い」は、個人の欲から生じる「争い」です。その中でも考えたいのは、組織(団体)が前進していくために必要な「争い」と不必要な「争い」です。

組織を良くしていきたいと考え実行し、ライバル意識を持ったり、より良いものを取り組むために行う議論は「争い」でも必要なものではないかと思います。

しかし組織を後退させ、結果が伴わない嫉妬や否定からの考えから出てくる「争い」は不必要なものであり、何も生まないものだと感じます。

日曜劇場にて【下剋上球児】がありました。監督がスターティングメンバーを発表したとき、選手たちは不信感を抱きました。しかし信じた監督が考えがあってそうしているのだから、自分たちは自分たちのできる準備をしておこうとする場面がありました。まさにワンチームであり、地域包括ケアシステムを創りあげるためにも、組織(団体)が向上していくためにも最も大事な考え方だと思います。

個人の考えが通らないとき、間違っていると思っていることを組織が進もうとしているときに意見も出さず協力もせず、争うことは何も生まないと思います。

違うと思うことに意見もせず聞き入れろと言っているわけではありません。

良くしたいという気持ちを持った者同士が意見討論する「争い」は大事ですし、先導するものは協力・同意してもらえるように説明し、目指すところを示していくことが大事なのだと思います。

嫌いだから、間違っているからではなく、組織(団体)にとって必要なのか、必要であれば自分には何が出来るのかを考えて取り組む姿勢が必要なのだと思います。

本年も前向きに、何か良いことが起こるように多くの方々が活きていけることを願います。

本年もどうぞよろしくお願いします。

R5.12.17ブログ

今年も残すところ2週間をきりました。寒さも厳しくなってきますので、お気をつけて年越しに備えてください。

さて、これまで地域包括ケアシステムについて様々な視点からお知らせしてきましたが、そろそろネタも尽きてきそうなので最後にしようと思います。あくまで私の概念であり、違うとお叱りを受けるかもしれませんが、たつき会の今後も踏まえてお伝えします。

今後地域で最も問題になるのは人手不足です。

そして団魂の世代が後期高齢者になられ介護サービスを十分に受けられない地域も増えていきます。さらには最期を迎える場所も希望に添えない状況も出てくると感じます。

そうしたことをできるだけ解消するには、共生と統合で事業を大規模化することです。

小規模の良いところは当然にあり、ダメだと言っているわけではありません。しかし、デイサービスでは50人の利用者を10人の職員でみることは可能でしょうが、10人の利用者を2人の職員でみることは困難だと思います。

そうした視点をもって地域を残していかなければ、結果的には必要な業種が無くなっていくのだろうと思います。できれば切磋琢磨しあえる状況があるべきなので、様々な業種が1つになるよりはどの業種も一定数残るべきだと思います。

こうしたことを行政や地域の方々が意識すべきで、サービスの質が悪ければ廃業されるか吸収合併されるべきです。より良いところが生き残っていくことが地域のためになるので、当然たつき会はより良いサービスで安心安全の医療と介護を提供し続けなければならないと考えています。

しかしながらすべての方にとって満足いただける医療や介護を提供することは困難であり、全ての職員が高いレベルの医療や介護を提供することも難しい現実もありますが、理想を求め続け諦めないことが大切だと思います。

すでに共生・統合は医療や介護だけでなく、様々な業種で始まっております。地域のことを考えて取り組まれている企業を応援していかなければならないのではないかと考えています。

選ばれるたつき会になるように、来年より新たなスタートをきる予定です。

たつき会の永続のためには一人の個人に求心力が集まることは好ましくないと考えます。たつき会の理念が求心力となり、理念に沿って一人ひとりの職員が仕事をすることが大切だと思います。

よって来年からは理事長として私は実権を放棄し職員に任せていくことを、職員に伝えました。最初は不安や失敗も多くなると思いますが、私が居なくなってもたつき会がより良い組織として永続するために様々なことに取り組んでまいります。

関わっていただいた全ての皆様に感謝し、これからのたつき会も応援していただければ幸いです。

皆様が慌ただしい年末を体調崩さず過ごされ、元気に明るく新年を迎えられますことを願っております。

R5.10.14ブログ

地域包括ケアシステムを念頭に様々な記事を書かせていただいておりますが、このたび新原呉市長のお話をお聞きする機会があり、私が考える地域包括ケアシステムの具体案を述べさせていただきました。

夢のような話と思われるかもしれませんが、こうした発想をもって少しでも実現していかなければ地域はもたないのではないかと感じています。(以前にお伝えする部分と重複している場合はご了承ください)

前々から発案し、動き、実現に至っていないのが送迎と給食システムです。

当院では患者さんのために受診される方対象に送迎を開始しましたが、コロナの感染対策により中止となりそのままになっています。また一医療機関が少数の患者さんのために人員を割いて取り組むのは地域包括ケアシステムの観点ではマイナス要因と考えます。

さらに以前、タクシー会社に患者さんと医療機関とタクシー会社が1/3ずつ負担してタクシーを利用して頂くのはどうかと提案しましたが取り入ってもらえませんでした。

このたび新原呉市長にも提案させていただきましたが、ウーバーイーツのように今いける人がキャッチして迎えに行くようになればいいなと言われていました。

実際にスマートフォンで連絡すればタクシー会社問わず近くの待機車が迎えに来てくれる時代ですので、近い未来に実現する、いやすでに実現しているのですが、費用の問題は解消されず、ボランティアなどが発展するとタクシー会社が廃業していくのだろうと思います。生活バスなども無駄が多いように感じます。こうしたことを地域で効率的に運用できるようになると住みやすい地域が長く保たれるのだろうと思います。

次に給食センターです。現在呉市では中学校の給食を増やしていく取り組みをされており、川尻ではずいぶん前から小学校から中学校に保温車で給食を配送しています。私はこうした地域の給食センターを地域の高齢者や介護施設などにも提供できるようにすることを以前から考え、提案させていただいております。食事は食育はもちろんですが高齢者にとってもっとも楽しみな生活の一部です。小規模では取り組めないことも大規模になることでメニューが豊富になりさらに無駄が減りSDGs的にも良いのではないかと思います。

私は少子高齢化よりも何よりも就業者減少を懸念してきました。ロボットなど無人化が進んだり、様々なシステムの発展で効率化が進み、人不足が解消されてくることを願っております。ただその先には人余りになることも懸念されます。足りないところをロボットで対応できる状況になればと願うばかりです。

最後になりますが、私は日本の医療が崩壊しないためには医師が必要だと思っています。しかしそうなれば、医師余りが起き、報酬は減っていき、なり手が減っていきます。すでにそうしたことをいち早くキャッチしている親や子供たちは医師になることを避け始めているようにも感じます。日本の医療は制度も技術も誇れるレベルと思ってはいますが、今後激震が走るのではないかと懸念しております。

いずれにしてもちょうどよいのがちょうどよいので、過不足なく地域が成り立っていくことを想像しながら一人ひとりの市民が取り組まなければならないのだろうと思います。

R5.9.15ブログ

地域包括ケアシステムを主題にお伝えしておりますが、少しは理解を深めていただけているでしょうか?私の説明が下手なのでなかなかご理解いただけないかもしれませんが、懲りずに続けさせていただきます。

今回は、地域包括ケアシステムを構築するための役割について述べてみたいと思います。

早速ですがここで質問です。この地域包括ケアシステムを構築するために最も期待する、担ってほしい組織は何だと思いますか?

行政?公的機関?医療介護施設?一般企業?市民?私は今こうして掲げた順に期待しており、どこが欠けても構築はできず、すなわち市は廃れていくということだと思います。

傷は浅いうちなら治りますが、深くなれば致命傷です。今なら治りますが10年後は致命傷になっていると私は根拠もなく感じています。医療や介護制度も変わっていきますし、物価や環境も変わっていきます。広い世界で言えば国家間のパワーバランスも変わっていくと思います。そうした様々な傷がこの10年で深まっていくのだろうと思います。

簡単な例えで言えば「地球温暖化」です。致命傷になりつつある現状でもどの国も必死に取り組もうとしていない。原因は明らかなのに今の自由、便利さ、今後の発展を求めて環境は悪化していくばかりです。

月や宇宙開発に目を向けているようですが、地球ほど恵まれた環境は少なくとも近くにはないのですから、地球を大事にすることが一番だと思います。

この地域が廃れ、住みにくくなれば移住することは可能ですが、地球全体の環境が悪化すれば移住するところもなくなるでしょう。

地域包括ケアシステムの構築も地球環境もある意味一緒ですべての市民、県民、国民、人類が協力し合わなければ成し遂げられない難しい課題なのです。

前に進むには一人ひとりの意識が変わっていくしかありません。

「誰かがやってくれる」では絶対に成しえない難しい課題だと思います。

R5.8.10ブログ

 今年の夏は本当に暑いですね!最低気温が30度のような日もあるようで寝苦しく夜通しエアコンをつけている方も少なくないかと思います。

 さてそこで今回は、地球温暖化対策と地域包括ケアシステムを強引に関連付けて考えてみたいと思います。

 地球温暖化対策として、たつき新聞にも掲載しましたが、夏場をしのぐ方法としてショッピングモールなどを活用することをお伝えしました。すなわち公共施設やモールなど多くの方が集える場所の活用です。

 ではこのあたりでそんなところがあるでしょうか?呉で言えばゆめタウン、呉市役所、川尻安浦でもやはり支所、グリーンピアせとうちでしょうか…ただ省エネと暑さをしのぐためだけでは芸がありません。

 そこで突拍子もないアイデアを出させてもらいますが、地域資源を活用して地域活性化と省エネ、皆で真夏を乗り切る企画「川安夏プロジェクト」を提案します(笑)

 川尻安浦支所にはホールや沢山の部屋があります。グリーンピアせとうちにも沢山の部屋や宴会場、レストランや大浴場もあります。こまごまとした制約はここではさておき暑さをしのぎながら、沢山の企画で1日を通して過ごす企画として考えます。

 なのであえて今回はアウトドアを避けて提案させていただきます。

 ホールでは地元の方々が参加するコンサートやカラオケ大会、映画上映などを行い、各部屋ではテーマを決め、絵画展や書道展、盆栽展、骨董祭を開催し、的あてや金魚すくいなどお祭り企画なども行う。パンの販売など出店的なものも行うなど週末は支所に集合みたいなものはどうでしょうか!?

 移動は原則行わないが、当然に川尻と安浦を結ぶ送迎バスはありだと思いますし、介護施設の入居者さんにも来てもらい楽しんでいただく。

 町では文化祭などしてるじゃないかと怒られそうですが、私が感じているのは総合文化祭的なことです。大きな企画の方が集まる人も増え活性化し、世話役の方々の負担もトータルで考えれば少なくなると思います。

 非現実的だと笑われるのが落ちですが、こうした突拍子もない発想から仲間が増え、実現できることを模索し始め実行されたことも意外に多いのではないかと感じますし、結局諦めている人が多いだけだろうと感じます。

 こんなことをもし発想する人がそばにいれば、私は間違いなく話を聞きたいと伝えますし、少々無謀でも協力したいと思います。ただこれには私にとって最も大きな問題になるのは5類になったとはいえコロナ感染症です。

 しかし夢物語でも少しでも取り組めるようにまずは法人内で感染対策をしながら夢をかなえる取り組みを進めていければと思っており、法人内の取り組みが地域に広がっていくことを期待しております。

 省エネから離れてしまいましたが、公共施設に集うことで個人宅の省エネにはつながると思います。様々な視点から皆で工夫していければと思います。