ウイルス性胃腸炎と漢方薬

ここ最近、急に寒くなり広島でも雪がちらほら降り始めましたね。
やっと冬らしく感じられるようになってきました。
冬場、特に12月~1月にはノロウイルスやロタウイルスなどのウイルスによる感染性胃腸症が流行し、吐き気、嘔吐、下痢、腹痛や発熱などの症状で来院される患者さんが多くなります。
 
ウイルス性胃腸炎の一般的な治療では、嘔吐や下痢に伴う脱水に対して経口による補液を行い、症状や脱水が強いときには点滴による補液を行う場合もあります。
また、吐き気が強ければ制吐剤、腹痛が強ければ腸管蠕動抑制剤を頓用で使用し、整腸剤を数日服用して様子を見ることが多くなっています。
ほとんどの人は数日で治っていくことが多いですが、その間のつらい症状に苦しむことなく出来るだけ早く治って欲しいですよね…。

そんな時には漢方薬の出番です! 
まず試していただきたいのが 五苓散(ごれいさん) です。この漢方薬は5つの生薬から構成されています。
(下の表は、生薬の主な役割を簡単に示しています。) 
桂皮(けいひ)蒼朮(そうじゅつ)
体を温める
沢瀉(たくしゃ)茯苓(ぶくりょう)猪苓(ちょれい)
体の水分をコントロールする
 
五苓散(ごれいさん)は大人から子どもまで比較的安心して使え、おおよそ8割方はこの漢方薬のみで対応できると思います。
しかし運が悪く胃腸症状が長引いてしまった場合は、再度診療科へ受診し体の状態を診てもらってから、ほかの漢方薬に切り換えるなどの治療をおすすめします。
漢方薬には次の一手となる薬が沢山あるので、患者さん一人一人に合わせた治療が出来るのです。安心してくださいね。
 
五苓散(ごれいさん)の豆知識
今回はウイルス性胃腸炎の治療薬として紹介しましたが、五苓散(ごれいさん)はほかの症状でも広く使われています。
むくみ、二日酔い、暑気あたり、頭痛、めまいなど日常生活でよく見られる症状に対しても効果があるので、興味があればぜひ試してみてくださいね。

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漢方薬のおいしい飲み方 ~高齢者向け~

前回は『子ども向け』の漢方薬のおいしい飲ませ方について紹介しました。
その続編として今回は高齢者の方向けにスポットを当てて紹介したいと思います。
 
まず、なぜ漢方薬が高齢者の方によいと言われているか、ご存知ですか?
それは年齢を重ねるにつれて身体機能の低下や病気の長期化など、同時に複数の病を患う状態になることが多くなってしまうからです。
複数の病を治すためにはいくつもの診療科に通って、何種類もの薬を内服することになる…。
漢方薬には様々な心身の変化や不調、病気に対して細かく対応できる処方が沢山あります。
ですから、漢方薬は高齢者の方のこういった悩みを解決できる、とても有用な薬なのです。 
しかし、いくら有用な薬だといっても、飲みたくないと思ってしまうと意味が無いですよね。
特に高齢者の方の中には、食事の際にむせてしまう方や入れ歯を装着している方など、漢方薬を飲みたくても飲めないあるいは飲みにくい場合があります。
その場合の対処法についても紹介したいと思います。
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① お湯に溶かす、味付けをする
   こちらは、前回紹介した子どもへの飲ませ方とほとんど同様です。
ほかの方法を挙げるとするならば、お粥や味噌汁に混ぜてみると良いでしょう。

 
② 嚥下困難(食事でむせてしまう)の方には
   嚥下困難の方には、原則、汁物にとろみをつけて固めます。とろみは最初スプーン1~2杯から開始し、最大7~8杯まで加えます。
スプーン7~8杯のとろみを加えると、汁物もほとんどゼリー状に固まってきます。お粥などでも嚥下が困難な場合は必要に応じてとろみをつけると良いでしょう。
とろみ以外では、ゼリー状のオブラートにエキス顆粒を包んで内服させる方法もあります。現在は、チョコレート味、イチゴ味など色々な味がついているものまであります。
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③ 入れ歯を装着している方には
   漢方服用の際に入れ歯を外すという方法もありますが、手間な時もありますよね。
そういった場合には、お湯にエキス顆粒を溶かすという方法がよく使われています。他には、オブラートを用いると良いでしょう。
オブラートにも三角形、四角形、円形、立体などの種類があるので、ご自身に合ったものを探してみてください。

漢方薬のおいしい飲み方 ~子ども向け~

『良薬は口に苦し』
漢方薬ほど、この言葉が似合う薬はないと思います。とはいっても、そんな理由で子どもが苦くておいしくない薬を飲んでくれるか?といえば、それは難しいことでしょう。
しかし、美味しく飲む方法が実はあるのです!今回はその飲ませ方の工夫を紹介します。 
まずは薬に対して子どもがどのような反応をするか、年代別に知っておきましょう。 
乳児期(0~1歳)
比較的飲ませやすい
幼児期(2~5歳)
薬に敏感で、しばしば服薬拒否
学童期(6歳以降)
漢方の必要性を理解すれば比較的飲ませやすい
 
漢方を飲ませるのが難しい年代は幼児期です。この間に苦い漢方薬に慣れていくと、もしかしたら食べ物の好き嫌いがない子どもに育っていくかもしれないですね。 
では、肝心の『漢方の飲ませ方』について見ていきたいと思います。
①   甘い漢方薬を飲ませてみる
漢方薬に苦手意識がある子どもには甘い漢方薬から飲ませてみましょう。
比較的飲みやすい漢方薬は、建中(けんちゅう)湯類(とうるい)(黄耆建中湯(おうぎけんちゅうとう)小建中湯(しょうけんちゅうとう))、甘麦大棗湯(かんばくたいそうとう)芍薬甘(しゃくやくかん)(ぞう)(とう)麻黄湯(まおうとう)六君子湯(りっくんしとう)桔梗湯(ききょうとう)があります。 
②   味付けをしてみる
1回分の漢方薬を適量のお湯に溶かして溶液を作ります。そして砂糖やココア、麦芽飲料、ハチミツ、アイスクリーム、ヨーグルトなどに混ぜて下さい。
ただ、ハチミツにはボツリヌス菌が含まれている可能性があるので、乳児には与えないように。
ココアや抹茶コーヒーなど少し苦めの味のものと混ぜ合わせると、味と香りが相殺されて飲みやすくなったりします。
アイスクリームやヨーグルトなどの冷たいものは味覚を鈍くさせて苦みをわかりにくくする効果があります。
しかし、胃腸が弱っていたり、風邪の引き始めで悪寒がしている時などには、温かいものに溶かして飲ませたほうが効果も増強します。
 
いかがでしたか?是非試して、子どもが笑顔いっぱいで飲めるようになってもらいたいですね。

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ゆるめの風邪 ~高齢者・虚弱な方向けの漢方薬~

ここ最近、突然寒さが増してきたので少し風邪っぽさや気だるさを感じていらっしゃる方も多いのではないでしょうか?
風邪の漢方薬といえば『(かっ)(こん)(とう)』というイメージですが、患者さんによっては注意が必要な場合があります。
それはまさに、今回のテーマである『高齢者・虚弱な方』に対して特に必要と言えます。
(かっ)(こん)(とう)の構成生薬の中には『()(おう)』があります。この()(おう)にはエフェドリンという成分が含まれており、この作用として尿がでにくくなったり、血圧が上がったりします。
そのため、前立腺肥大症で排尿困難や心疾患のある方に対しては注意が必要です。
(麻黄は『魔界の王様』と思って用心して下さい!) 
ただし、高齢者や虚弱な方に対して(かっ)(こん)(とう)は絶対NG! というわけではありません。発熱を伴うような風邪や頓用に出されたりすることもあります。
またエフェドリンには眠気が起きにくいといったメリットもあるので、車を運転される方にはとてもいい風邪薬でもあります。
それでは、(かっ)(こん)(とう)以外でお勧めできる処方を紹介します。
ご高齢の患者さんの診療でよく見られる、『ずっと風邪をひいた状態』に対しては香蘇散(こうそさん)を用います。

(かっ)(こん)(とう)は風邪の初期(発汗は無く、寒気がする)に対して使うとよく効きます。
この『ずっと風邪を引いた状態』というのは、風邪の初期でもなければ特に重篤感があるようなものではありません。こういったゆるめの風邪に対しては香蘇散(こうそさん)を用います。

香蘇散(こうそさん)には要注意生薬である()(おう)も含まれておらず、また眠気も起きません。
まさに高齢者・虚弱な方に対してうってつけの風邪薬ではないでしょうか?
 
まとめ
高齢者や虚弱な方の風邪に漢方薬を使用するときは、まずその風邪の状態を見極めることが大切です。
『ゆるめの風邪』には香蘇散(こうそさん)、『発熱を伴うような強めの風邪』には()(おう)を含む(かっ)(こん)(とう)。
そして豆知識ですが、(かっ)(こん)(とう)を飲むときはお湯に溶かして服用すると、体も温まり効果もよくなります。
是非お試しください。

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虚実という漢方の考え方

漢方医学では、「虚証(きょしょう)」、「実証(じっしょう)」と分類されます。聞かれたことがあるのではないでしょうか?
世界最古の医学書の一つ「黄帝内(こうていだい)(けい)」には、「虚するものはこれを補い、実するものはこれを瀉す」と記載されています。
つまり「虚」とは不足しているという意味合いです。逆に「実」とは充実して有り余っているという意味です。
ですから「虚」には補う治療を、「実」には瀉する(瀉下、発汗、駆逐するなど)治療が行われます。
例えば主語を栄養とすると、「虚」は栄養失調、「実」は肥満と考えられます。栄養が足らない状態では、人参を主体とする漢方薬です。
食欲を増進する(りっ)君子(くんし)(とう)や栄養失調の結果として体力低下、免疫力低下があることが想定される場合補中(ほちゅう)(えっ)()(とう)などが使われます。
一方、肥満の場合には、瀉下作用のほかに白色脂肪細胞の重量を減少させ、また熱産生を司る褐色脂肪組織を活性化する作用のある防風通(ぼうふうつう)聖散(しょうさん)などが用いられます。
黄帝内(こうていだい)(けい)」にはもう一つ、「病勢が盛んであれば実、抗病反応や生理機能の低下は虚」という記載もあります。
つまり生体防御反応が強い状態、例えば、インフルエンザのように強い病原体に侵されたような場合は、生体は高熱を発し、ウィルスをやっつけようとします。
これは実証の反応を示している訳ですから()黄湯(おうとう)のような実証の薬が適応となる訳です。
ですから日本老年医学会の高齢者に推奨する薬物の中に、インフルエンザに対する()黄湯(おうとう)が掲載されているのです。高齢者だから虚証とは限りません。
今のお年寄りは皆さん元気です。強いウィルスに対抗するために、やはり高熱を発します。
更にガイドラインの解説では、インフルエンザに対しては、熱が上がりきって下がるまで1包ずつ約4時間ごとに内服を続け、発汗解熱したらそこで止めるという使用法が効果的である。
これは高齢者でも基本的に変わらない。急性感染症に麻黄剤で治療を行う際には、短期間で効果が上がりやすい服薬方法により、かえって有害事象を招き難く治癒を促進することができると記載しているのです。
見た目倒しという言葉がありますが、一般に筋骨隆々としたプロレスラーのような方の見かけは「実証」です。
華奢なモデルさんのような方は、一見「虚証」のようにも見えます。でもこうした職業の方はいずれも鍛えているので案外、実証の方も多く、見た目だけでは判断を誤ることもあります。

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嚥下障害、誤嚥性肺炎に対する漢方

超高齢化社会が叫ばれる中、嚥下障害、誤嚥性肺炎を起こす患者さんは年々増えています。

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食べる楽しみが障害されるということは大変ショックなことと想像に難くないのですが、漢方ではその「食べる」ということを非常に重視しています。それは食べることが元気の「気」の源だと考えているからです。
ですから元々は、「気」という字は「氣」と表わしていたのです。
食べられるようにするには、(りっ)君子(くんし)(とう)補中(ほちゅう)(えっ)()(とう)が有名です。
さて、嚥下障害・誤嚥性肺炎に対する漢方薬は、日本老年医学会診療ガイドライン指針案にも推奨されていた半夏(はんげ)厚朴(こうぼく)(とう)です。
原典ではおよそ2000年前の書籍「金匱(きんき)要略(ようりゃく)」に、「婦人、咽中炙臠(いんちゅうしゃれん)有るが如く、半夏厚朴湯、(これ)(つかさど)る」とあります。

つまり、咽喉頭異常感症に対する治療薬として昔から使われてきたものです。
また、咽喉が塞がる感じだけでなく、気分が塞ぎ、不安感や憂鬱間のある時や、咳、吐気に対しても有効な薬です。構成生薬は、半夏、茯苓、厚朴、蘇葉、生姜の5つです。生姜、半夏、茯苓の組み合わせは悪阻(つわり)にも使われる小半夏加茯苓(しょうはんげかぶくりょう)(とう)そのものです。また小柴(しょうさい)()(とう)を合せた(さい)(ぼく)(とう)は喘息にも有用です。
他に嚥下反射を改善する薬としては、ACE阻害薬、ドパミン作動薬(アマンタジン)、抗血小板薬(シロスタゾール)などがあります。
しかしそれだけでは良くならない方もいらっしゃいます。
胃食道逆流が原因の場合には、半夏厚朴湯に茯苓飲(ぶくりょういん)を合せた茯苓飲合半(ぶくりょういんごうはん)()厚朴(こうぼく)(とう)や、半夏厚朴湯に(りっ)君子(くんし)(とう)を併用する必要があります。また腸管ガスが充満し、便秘も酷く、食物が下に輸送されず逆流が起きる場合は大建中(だいけんちゅう)(とう)の併用が必要です。
実際、誤嚥性肺炎の患者さんの胸部単純X線写真を見ますと、ほとんどのケースで横隔膜下に異常ガス像を伴っています。
更に誤嚥性肺炎を繰り返し、高熱の出る場合には、抗菌薬とともに(せい)(はい)(とう)も良く用いられる漢方薬です。

ところで、そもそも嚥下反射が低下した患者さんに漢方薬を飲ませる時どうすればいいかという問題があります。
ゼリー、ヨーグルト、ペースト食に混ぜる、お湯に溶いた後、トロミ剤を混ぜる、その他患者さんが口にできるものに混ぜるなどといった工夫が必要です。
尚、このような場合は、当然ながら、食前または食間といった指示にはこだわることはありません。
 
寝たきりで経管栄養から離脱し、最期まで食を楽しみ、人間らしく生きたいものです。

痛みに対する漢方薬

先日7月12日(日)のNHKスペシャルで、「腰痛・治療革命」と題して放映していました。
ご覧になられた方も多いのではないでしょうか?
内容は、痛みの原因は脳にあり、痛みに対する不安や恐怖を取り除けば症状が改善する方もいるといったものでした。

痛みに対する専門家はペインクリニックと呼ばれ、主に麻酔科に所属する先生方が担っていますが、一般には町のお医者さんとしては少ないのが現状です。
腰が痛い、肩が痛いといって皆さんが受診されるのは整形外科が多いのではないでしょうか?
例えば階段から落ちて腰を打ったという痛みがあります。骨折していなければ、湿布、さらに鎮痛薬が処方されて安静の指示が出てそれでおおよその診療は終わりです。それで普通、痛みは消えていくのですが、数週間たっても痛みが消えずお困りの方もいらっしゃいます。
そこで漢方の出番なのですが、そんな痛みに漢方が効くの?と思われるかもしれませんが、歴史を振り返ってみますと、江戸時代、世界で最初に乳癌のオペに成功した華岡(はなおか)(せい)(しゅう)が麻酔薬として使ったのは、実は「通仙散(つうせんさん)」という漢方薬なのです。さて打撲の初期は痛く腫れて熱を持ちますがそれがだんだん冷えていきます。お風呂に入ると痛みが楽になる。そういう方はまさに漢方薬が適応します。冷えて痛む時は、附子剤(ぶしざい)の出番です。附子(ぶし)という生薬は、生薬の中でも最も温める作用が強く、鎮痛作用を持った生薬です。打った、捻ったという痛みが長引いた時、具体的には、()打撲(だぼく)一方(いっぽう)と附子末、あるいは治打撲一方と桂枝加朮附(けいしかじゅつぶ)(とう)という組み合わせがよく効きます。西洋医学では冷えに対する対処法がありませんが、漢方では冷えを改善する手段があります。ですから冷えのある痛みに対しては漢方の方が優れているのです。
腰下肢痛の場合、いわゆる、ぎっくり腰なら芍薬甘(しゃくやくかん)(ぞう)(とう)桂枝茯苓(けいしぶくりょう)(がん)、あるいは、治打撲一方と()(けい)(かっ)(けつ)(とう)の組み合わせ。高齢者なら八味地(はちみじ)黄丸(おうがん)と桂枝茯苓丸、少し浮腫がみられれば牛車(ごしゃ)(じん)()(がん)と桂枝茯苓丸の組み合わせが有効です。
帯状疱疹後神経痛では麻黄附(まおうぶ)子細(しさい)(しん)(とう)などが効きますが、じっとしていれば痛みはないが、少し触れただけ、風が吹いただけでも痛みを感じるアロディニアという状態に対して、神経周囲組織が炎症後に乾いた状態になっていると考え、そこを潤してやろうという漢方薬、六味(ろくみ)(がん)麦門(ばくもん)(どう)(とう)の組み合わせが不思議なほど効果的です。
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女性と高齢者に多い便秘

男性に比べて「女性」に便秘が多いのはなぜでしょうか?

それは筋力の違い、生理があること(女性ホルモンとの関係)、ダイエットです。
女性のための漢方治療では、積極的に便秘を解消することが薦められています。
その代表は桃核承(とうかくじょう)()(とう)です。月経痛、月経不順、更年期障害、にきびその他の皮膚症状などのときには少しでも大黄(だいおう)の入った漢方薬を用いるとよいとも教科書には書いています。承気湯という名前がつく漢方薬には、大黄と芒硝(ぼうしょう)が含まれています。大黄は刺激性下剤でアローゼンやプルゼニドと同じ成分を含んでいます。芒硝は塩類下剤で酸化マグネシウムと似た成分を含んでいて、便を柔らかくする作用があります。西洋薬の瀉下剤は成分が純粋なだけに最初は良くても毎日連用していたら次第に効かなくなってしまいます。これを耐性(たいせい)といいます。通常量の瀉下剤で効かないという方は早めに漢方薬への切り替えをお勧めします。

さて、高齢者」に便秘が多いのはなぜでしょうか?
それは加齢に伴う筋力の低下、生理機能の低下(体の乾燥=水分不足)などが考えられます。
高齢者の瀉下剤の代表は、麻子(まし)(にん)(がん)です。これにも大黄が含まれています。日本老年医学会の高齢者のための薬物治療のガイドラインにも推奨されています。
最近発売された新薬にアミティーザというものがあります。これは小腸の水分分泌量を上げて便を軟らかくし排泄しやすくする薬です。実は漢方薬にも滋潤剤というものがあります。その代表的なものは、()(おう)や麻子仁、(きょう)(にん)などです。精油成分を含み、便を滑りやすくし便通を改善させる潤腸作用があると言われているものですが、最近の研究で、やはり小腸での水分分泌量を増やすことが明らかになってきています。
日本老年医学会診療ガイドラインでは、麻子仁丸をセンナや大黄末、鉱物性下剤よりもまず先に使うと推奨しています。使い方は、眠前1包で十分。もし効果が弱い時は眠前2包もしくは2包分2(眠前1包、朝1包)でもよいとしています。
もう一つ高齢者向けの瀉下剤として(じゅん)(ちょう)(とう)というものもあります。この違いは、麻子仁丸に比べて大黄の量が半分なのでよりマイルド、虚弱者向けともいえますが、甘草を含みますので長期には偽アルドステロン症への注意が必要です。甘草を含まない麻子仁丸はそうした副作用への懸念のないことも推奨理由の一つなのではないかと考えられます。

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日本老年医学会診療ガイドラインと漢方

診療ガイドラインとは、患者と医療者を支援する目的で作成され、臨床現場における意思決定の際に、判断材料の一つとして利用することができる、科学的根拠に基づき、系統的な手法により作成された推奨を含む文書で、診療ガイドラインの作成母体のほとんどが、その疾患領域の学会です。
最近、その診療ガイドラインに漢方薬が掲載されていることも多く、一般的な診療方法として、漢方薬による治療が認められてきたということではないでしょうか。
さて、日本老年医学会診療ガイドライン案にも9つの漢方薬が掲載されています。
(よく)肝散(かんさん)(認知症に伴う易怒、幻覚、妄想、暴力的行動など)
(ちょう)藤散(とうさん)(脳血管性障害の認知機能・日常生活動作)
麦門(ばくもん)(どう)(とう)(COPDや風邪の長引く乾性咳嗽)
半夏(はんげ)厚朴(こうぼく)(とう)(嚥下障害・誤嚥性肺炎)
大建中(だいけんちゅう)(とう)(慢性便秘、イレウス)
麻子(まし)(にん)(がん)(便秘)
(りっ)君子(くんし)(とう)(機能性胃腸症、胃食道逆流)
()黄湯(おうとう)(インフルエンザ)
補中
(ほちゅう)(えっ)()(とう)(COPDのほか、炎症性疾患や感染症が長引く場合)です。
実はこれを知ったのは新聞報道でした。
4月の某新聞に大きく、約50種「高齢者避けて」老年医学会、医療者向け指針案という見出しで、中止を考えるべき薬と副作用の例として掲載された表の中に、甘草を含む漢方薬が載っていたのでした。
しかしよくその中味を見てみると、75才以上の高齢者に1ヶ月以上長期に使う場合で、中止を考慮すべき薬剤もしくは注意すべき副作用を考慮した使い方のリストと、強く推奨される薬物もしくはその注意すべき副作用を考慮した使い方のリストから構成されています。
比較的副作用が少なく安心と考えられている漢方薬ですが、注意すべき副作用もあるんですよという意味で、生薬レベルでの注意の一部が新聞に掲載されていたものと思いますが、話題になりやすい、一般の方の関心を引きやすい部分だけをNEWSにしていたのです。
これを読まれた方は大きな誤解をされたのではないでしょうか。
日本老年医学会のガイドラインの解説では、漢方薬の懸念される副作用を考慮した使い方を記載する一方で、推奨される薬物リストに上記の9種類の漢方薬を記載しています。
またその解説では、実際の臨床経験に基づいて上記9種類以外にも服用方法まで含めて詳細に記載し、高齢者医療における漢方治療を推奨しています。
膨大な量の報告書をNEWSにしようとすると仕方ないのでしょうが、マスコミに踊らされることなく、改めて報道はその行間を読むことが必要だと感じました。
何か心配なことがあればどうぞご相談ください。
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漢方の口訣(くけつ)

幕末から江戸時代にかけての名医、浅田宗(あさだそう)(はく)(1815~1894)は幕府の奥医師を務めたのち明治天皇の侍医を務めていますが、たいへん多くの著書も残しています。
その中でも、「老医口訣(ろういくけつ)」や「勿語薬室方函口訣(ふつごやくしつほうかんくけつ)」など口訣(くけつ)に関するものもたくさんあります。
口訣とは、臨床経験を多数重ねた先達が証の中核について言い当てた言葉であって、師匠から弟子たちに伝えられてきた奥義のようなものです。
漢方の研修施設でもある、福岡県の飯塚病院漢方診療科から発行されている「使ってみよう、こんな時に漢方薬」という書籍にも「飯塚病院に伝わる50の口訣」として紹介が載っています。そこには、「冷え」という病態を重視した言葉がよく出てきます。「慢性疾患で長患いしている患者さんには冷えがある」、「難治性のアトピー性皮膚炎には冷え(寒)が隠れていることがある」といった感じです。
冷えに対する代表的な生薬は、附子と乾姜です。これらが入っていれば、おおよそ体を温める漢方薬と考えてもいいでしょう。附子はバーナーで燃やすように激しく温めます。ショック状態などにも使用されることから,衰弱した生体機能を賦活させるような薬です。一方、乾姜はトロトロと弱火で温めるようなイメージです。消化管や肺を中心に温めながら元気をつけていく作用があります。
全身を温める代表は茯苓四(ぶくりょうし)逆湯(ぎゃくとう)、エキス剤では(しん)()(とう)人参(にんじん)(とう)を合わせて使います。これには附子と乾姜の両方が入ってきます。腰の冷えには苓姜朮甘(りょうきょうじゅつかん)(とう)、下肢の冷えには八味地(はちみじ)黄丸(おうがん)牛車(ごしゃ)(じん)()(がん)、指先の冷えには当帰四逆加呉茱萸(とうきしぎゃくかごしゅゆ)生姜(しょうきょう)(とう)などが温める代表的な漢方薬です。整形外科的な慢性の痛み、腰痛や下肢痛、しびれ、末梢循環障害などにもこれらがよく応用されます。また、附子は単独で、ブシ末(調剤用)という形で製品化されていて、これらエキス剤に加えて使われたりもしています。
さて口訣は、さながら現代の医学書で「今日の治療指針」にあたるようなところもありますが、それをより詳細に述べたところもあります。
でも100年ちょっと前の「勿語薬室方函口訣(ふつごやくしつほうかんくけつ)」にしても現代用語からすると読解が難しい部分もあります。それは現代医学の著しい進歩もあれば、病気の多様化、高齢化といった環境の変化が、昔の口訣だけでは追いつかないところもあるからだと思います。古典的な口訣を大事にしつつも、現代の新たな口訣が求められるところです。

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